嵐の二宮和也君が大好きな 主婦のひとりごとです。
二宮和也について
2017年05月06日 (土) | 編集 |
ある方のツィッターです 



 たくさんの若者がもがいている。

だが、アメリカではそんなことは通用しない。

そんな中で、松田優作氏は実力で勝ち取った。

その価値をもっと評価すべきだ。

二宮和也氏もそうだ。

同じ事務所の先輩を蹴散らしてオーディションに受かるという、

実力を見せつけた。

それが芸能の正義というものだ。




私はジャニーズには興味もない。

大昔にほんのわずか、仕事上の接点があったが、別にどうとも

思わなかった。

それからブログでもSNSでも、ジャニーズと触れるとアクセスが

増えるとわかっているから、わざと触れないようにしてきた。

だがつい、二宮氏のことに触れてしまったから、ついでに言うが、

ジャニーズの中ではダントツで一番の俳優、演技者だ。

それは 『 硫黄島からの手紙 』 の1本を観れば事足りる。

いや、ワンカットでいい。

あの映画のラスト、栗原中将が亡くなった後の二宮氏の

腑抜けたあの表情、映画のすべてを物語る象徴的なカットだが、

二宮氏を選んだイーストウッドの眼は確かであった。


案の定妙な感じになってきたので言っておきますと、二宮氏の

ことは以後書かないと思います。

たぶん。

だから、最後と思って書きますけど、二宮氏の演技についてだけの

本なら一冊書けるくらいです。

でも 『 青の炎 』 や 『 黄色い涙 』 や 『 父と暮らせば 』

じゃあないんです。


やっぱり 『 硫黄島からの手紙 』 なんですね。

なぜなら、イーストウッド監督は二宮氏の才能をわかっているから。

それを引き出す術を心得ていて、それが画に表現されていたんです。

やっぱり二宮氏のような才能には、それを扱う側の才能が

必要なんです。


申し訳ないですが、今の日本の映画監督では間に合わないような

気がしています。


例えば黒澤監督が生きていれば、小津監督や溝口監督が生きて

いれば、二宮氏主演ならもの物凄い映画が出来たと思います。

でも今の日本映画のように、原作主義で、ストーリー主義で、

キャスティング主義となると、その才能を発揮できないんです。

もっと人間主義にならないとダメなんです。


もうね、一人の男 ( 二宮氏 ) だけがそこにいて、まあ

強いて言うなら相手の女がいて、みたいなね。

ヌーヴェルバーグのフランス映画ですね。

それでも優れた監督は必要です。

ルイ・マルとかトリュフォーとか。

死んじゃってますけど。

まあ、ないものねだりですけど、想像したらゾクゾクするんですね。


って、まあ独りで愉しんでますけど。

で、妄想はもう終わりです。

それだけです。

以上、終わりデス。



それにしても …… 俳優・二宮和也のことを語ると止まらなく

なりますw。


あの、えらい皆さんに気をつかわせて申し訳ないと思うので、

一言だけ、二宮さんの芝居に触れるとですね、以前TVドラマで

障がいのある役を演じられたと思うんですけど、あれ、何が

凄いかというと、観ていると、障がいを全く感じさせなく

なるんですね。

凡庸な俳優がやると、全面に障がいを押し出す

んですけど、二宮さんの場合は、その人物自身の中に

完璧に己を殺して入り込んでしまうから、障がいよりも

人間性そのものの美しさを感じさせてくれるんです。

それが本来の、というか理想の芝居なんですね。

TV局の狙いは障がいをアピールして涙をそそるという

安物の情緒なんですけど、二宮さんの芝居は

それを軽く超えてその人物そのものになりきるから、

本当に人間の生き様の美しさが伝わって感動するんですね。

これはなかなかできないことです。

でも彼はそれを三分か四分の力でこなしてしまう。

そんなイメージがある。

とにかく数少ない、美しい人間の佇まいを見せてくれる俳優

( 私にとっては ) です。



例えるなら 『 ギルバート・グレイプ  』 におけるレオナルド・

ディカプリオでしょうか。

観客の眼には本当にそこに生きている人間に映るから、

障がいがあるとかないとか、そんな低次元なことじゃなくて、

一人の生きた人間として感じる。

同情じゃない、生きてることそのものの感動を与えて

くれるんですね。





この方、男性だと思うんですが、にのちゃんに惚れ込んでますね。

嬉しい限りです。

解って下さる方がいるだけで、テンションが上がります     


元気をもらえます。

ありがとうございます ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆



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