嵐の二宮和也君が大好きな 主婦のひとりごとです。
滝田洋二郎監督に聞く
2016年11月16日 (水) | 編集 |

滝田 洋二郎 さん  おとなの煙談/読売新聞


 映画監督になって30年以上が経ちますが、今も映画の制作過程では、

これでもかというほど悩み倒します。

ものを作る仕事はすべてそうでしょうが、アプローチが深ければ深いほど

悩みも深くなる。

そうやって力を尽くした作品がたくさんの方に映画を観てもらえたり、

受賞で報われたりしたときは、喜びもより大きなものになります。

 
先日、撮影が完了した、2017年秋公開予定の

『 ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~ 』 は、シナリオづくりから

2年ほど時間をかけて構想を練った映画です。

絶対音感ならぬ “ 絶対味覚 ” を持つ男たちの物語で、

一度食べた料理の味は決して忘れず、時が経っても完全に

再現できることから、中国の霊獣に例えて 「 麒麟の舌を持つ男 」

と呼ばれていました。

そんな男たちが、究極のフルコース 「 大日本帝国食菜全席 」

のレシピ作成に挑む姿を描いています。

 
この作品では僕自身の新たな試みとして、スタッフもキャストも

あえて自分の子どもの年齢に近い若い人、初めて一緒にやる人を

意識的に声掛けしました。

彼らのキラキラした部分を取り込んで自分のものにしてやろうと

思ってね ( 笑 ) 。

撮影自体もとても面白かったし、主演の二宮和也君や西島秀俊君の

仕事ぶりにも大いに刺激されました。


 映画撮影では、 「 自分の確信が持てるか 」 

「 信頼できる関係ができるか 」 ということを大切にしています。

そのために、まずは現場で皆に楽な気持ちでやってもらえるよう

心がけています。

自由な発想でできる限りのチャレンジをしてもらって、そこから

演出していく形ですね。

たとえ理想とするものが出来ないとしても、

「 他人と違うことが素敵なことで、欠点も最高の長所だ 」 という

思いで、自分の直感を大切にしています。

不安がっている人には、責任は全部とるから思い切りやれという

気持ちを込めて、 「 一瞬だけ俺の魔法にかかれ 」 と言っています。

甘い姿勢で取り組んでいる人には怒りますが、基本的には全員に、

自由に自分を出してほしい。

 
僕は、映画の何気ないシーンの中に個人的なものだとしても、普遍的な

ものは必ずあると思っています。

映画を観た人に 「 これは自分の物語だ 」 と感じてもらえるような、

心に残る映画を作りたいんです。

そのためにずっと考え続けていると、ある日パッと方策が見えて

「 これでいいんだ、俺はこうしたいんだ 」 と確信が持てる瞬間が

突然おとずれるのです。

 
だから、撮り直しも多くてね ( 笑 ) 。

映画を作っている間中ずっと、どうにかしてよりよくしたい、もっと

よくなるはずと考え続けているわけです。

あのシーンはもっと印象的なものにできるんじゃないか、この

シーンはもっと心がえぐられるような何かを表現できるんじゃ

ないかと。

撮りきったという手ごたえがあった日でも、その晩に自分の頭の中で

編集してみて納得できなければ、翌日にもう1回撮り直しって

こともあります。




 『 おくりびと 』 が米アカデミー賞の最終ノミネートに残ったとき、

自宅でサウンドトラックをかけて、たばこを片手に酒を飲みながら

発表を待っていたことを覚えています。

正直言って、可能性は1%ぐらいかなと思っていたのですが、

ちょうどメインテーマの曲が流れ始めたときに、アメリカに滞在していた

友人から 「 コングラチュレーション 」 とお祝いの電話がきたんですよ。

まさに奇跡的なタイミングで、その瞬間も 「 映画みたいだな 」 と

酔いしれたものです ( 笑 ) 。

そのときの酒とたばこがうまかったことと言ったら …… 。

こんな瞬間にはなかなか巡り会えるものじゃない。

これまでやってきたことは無駄じゃなかったんだ、映画をやってきて

よかったと心底から感じました。

 
今はたばこを吸っていませんが、以前はそんな喜びの友として、

また撮影現場でイライラしたときには、気分転換のきっかけを

くれる存在として付き合っていました。

映画の中でも、たばこは人物像やシチュエーションを際立たせて

くれますね。

『 眠らない街・新宿鮫 』 という作品でも、主人公が歌舞伎町の

街角で一人うまそうに一服するシーンを撮りました。

彼の孤独感や人間の陰と陽を、よりよく表現できたのではと

思っています。



映画監督は、現場の人たちの精神的支柱であり、興行成績を

含めた結果の責任も持つ、大変な仕事です。

でも映画作りには、それをはるかに上回る楽しさがある。

撮影現場では日々、台本を超える何かが生まれてきます。

生身の人間がやることですから、台本の解釈は人それぞれ。

現場から予想外のものが生まれるところが面白いんですよ。

 
役者、スタッフそれぞれがもつ色を、最大限に発揮して

もらいながら、最終的には自分の確信に従って一つの方向へ

まとめ上げていく ── 監督業は、楽譜のない中で指揮を

するようなものです。

そうした映画を通じた共同作業は、僕にとっては最高に心地よい

ものです。

だからこそ、まだ知らない人や場所にどんどん巡り会いたい。

それが自分の中で新しい物語となり、成長につながっていくと

信じています。

 
今後は、まず自分に合う題材に巡り会いたいですね。

映画が国境を越えるものであるならば、いつかヨーロッパや

中国など海外の方たちと、一緒に映画を作ってみたいと

思います。

そして自分自身を越え続ける姿を、若い映画人に見せつけて

やりたい ( 笑 ) 。

僕は映画以外に何もできないので、これからもずっと新たな

作品に挑戦していくつもりです。

映画作りの苦悩の先には、それ以上の喜びと楽しみがある。

この醍醐味を若い映画人にも味わってほしいし、味わえるよう

応援していきたいと思います。




スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する